2011年10月5日水曜日

池波正太郎 一升枡の度量

2011 有限会社幻戯書房

1923~1990

「一升枡の度量」とは、文字通り、一升の枡には、一升の米しか入らないという意味である。
例えば、日本の国土は狭く、その中に入るモノは、限られている。
それを、戦後の日本は、あたかもいくらでも入る枡であるかのように経済成長を追求したものだから、無理が来たのである。
狭い国土で、いつまでも「世界第二位の経済大国」が維持できるわけがない。
それなりの規模にまで国も縮小せざるを得ないのだろうが、できるだけ緩やかであってもらいたいと願うばかりである。

個人の度量にも、おのすから限度がある。いくらがんばっても、何でもできるというわけにはいかない。
まして、歳を取れば、能力も衰えてくるから、なおさらである。
いまさら、若い時に聞いた「少年老い易く学成り難し」などと思いだしてみたところで始まらない。

度量の大きな人物といえば、西郷隆盛の名が思い浮かぶ。彼が、最も盛んだった時には、文字通り向かうところ敵なしであった。
それが、鹿児島に帰ってから、西南戦争で敗れ、哀れな最後を遂げたのも、彼の「度量」の限界だったのであろう。
もっとも、西郷隆盛については、歴史家の評価は、高くなったり低くなったりと、大きく変わっているという。それだけ、「度量」の広い人物であったことは確かである。

池波正太郎は、たくさんの時代小説を書いたが、作中の人物に成り切ってしまうという特殊な才能があったらしい。
もちろん、完全に成り切ったわけではないのだろうが、一種の「神がかり」の状態に自分をもっていける才能があったのかもしれない。
もしそうしたことができるのなら、自分でも楽しみ、他人にもおもしろい小説が書けそうである。
若い頃、株式仲買店に勤めたことがあり、いろいろな人に接した経験から人の気持ちがわかるようになったのがプラスになっているというが、同じような経験があっても、普通の人は小説など書けるものではない。
日本には、「分相応」という言葉があり、自分の能力や身分にふさわしいことで満足するというのも生活の知恵である。

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