2010年10月12日火曜日

小室直樹 日本の敗因

歴史は勝つために学ぶ

2000 株式会社講談社

1932~2010

最近、新聞で著者の訃報をみかけた。

著者は「大東亜戦争」をすべきでなかったと言うが、その理由は、日本が負けたからである。戦争は勝たねばならない、だから、敗れた戦争を肯定するということはありえない。こう聞くと、著者が軍国少年のようであるが、そういうわけではないらしい。
著者によれば、自由もデモクラシーも自らの手で獲得するものである。他人から与えられるものではない。これは、歴史が示すところである。日本がアメリカに占領されて、自由やデモクラシーがもたらされたと言う人は、わかっていない。マッカーサーによって与えられた「戦後デモクラシー」は、弱かった。「大正デモクラシー」が軍部につぶされたように、「戦後デモクラシー」は、ほどなく官僚によってつぶされ、日本は役人独裁の国家となった。だから日本人が本当のデモクラシーを手にするためには、まず「大東亜戦争」に勝っていなければならかったという回りくどい理屈になっている。

官僚組織というのは、しばしば、国家のためという大きな目的を忘れ、自分たちの組織を維持することにしか頭が回らなくなる。これは、戦前の軍事官僚も、戦後の官僚も同じことである。その結果、肝心なときに間違った判断をしてしまう。

「大東亜戦争」は、日本に石油を売らないという「石油禁輸」が開戦の原因になった。アメリカ、イギリス、中国、オランダが「ABCD包囲陣」をつくって日本を包囲した。日本は追い込まれて、開戦した。ここで、著者は、日本はオランダとだけ戦争をするべきであったと言う。オランダ領インドネシアを植民地から解放し、石油を獲得すればよかったのである。このとき、アメリカの世論は、圧倒的に戦争反対であったから、ルーズベルト大統領は戦争することはできなかったであろう。その当時、アメリカ国内の世論や、大統領の戦争をしないという選挙公約に気がつく指導者は、日本にはいなかった。それを、アメリカに攻撃をしかけたものだから「真珠湾を忘れるな」と言われて、アメリカを戦争に巻き込んでしまった。
著者の主張の当否はともかく、アメリカとの戦争を回避できる指導者がいなかったのは残念なことである。

日本の敗因になった「腐朽した官僚システム」は、戦後も脈々と受け継がれている。これを変えるには、著者によれば、教育制度を変えて、日本の将来を支える人を育てることである。しかし、考えてみれば、有能な人を育てる教育制度といっても、これもまた、「官僚システム」である。大学の受験制度は、典型的な「官僚システム」の産物であり、受験生は役所が作った仕組みのために苦しんでいる。
けっきょく、「官僚システム」を改革し、うまく使うしかなさそうである。

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