2009年9月25日金曜日

小沢一郎 小沢主義

-志を持て、日本人-
2006 株式会社集英社インターナショナル


1942年生まれ 本書執筆時民主党代表

著者は、これからの日本を支える若い世代から、志あるリーダーを養成すべく「小沢一郎政治塾」を開いた。
日本は今、危機的な状況にあるにもかかわらず、リーダーがいないのが現状である。 しかし、著者は、明治維新の例を見れば、優れたリーダーが登場してくる可能性は十分あると言う。
それでは、著者は優れたリーダーとはどういう人物だと考えているのだろうか。
著者によれば、「リーダーとは自分の目指すものを明確に揚げ、自分で決断し、自分の責任において実行できる人物である」。
つぎに、リーダーの資質について、五つ揚げている。
まず、第一に、「志」、言い換えればビジョン、夢、理想を持っていること、第二に、自立した人間、主体性を持った人間であること、第三に、自分なりのビジョンを持つために不可欠な広い視野と先見性を持っていること、第四に、自分の言行に責任を持つこと、最後に、「歴史観」をもつことである。
著者は、こうしたリーダーが今後の日本に現れないかぎり、日本の将来はないと言う。

「小沢一郎政治塾」には、毎年、定員をはるかに上回る応募者があって、選考に苦労しているという。著者は、「どぶ板選挙」こそ、民主主義の原点であるとの信念を持っており、政治家になるためには、まず有権者の中に飛び込んでいって、みんなの話をきくべきであるという。 今回の衆議院選挙で民主党が大勝した裏には、著者による人材育成の成果が大いにあったらしい。

なぜ、日本の社会ではリーダーが生まれにくいのだろうか。
日本は「何事も集団の合議を以て決める」というコンセンサス社会であるため、大胆な改革はできにくかった。 特に戦後の日本は、アメリカに依存して自国の外交や防衛のことも考えず経済復興に全力を集中してきた。そのため、戦後政治の唯一の任務は、高度成長によって生まれた富をいかに公平に配分するかにあった。 戦後政治が「富の再配分」に終始した結果、日本は政治不在、リーダー不在の国家になってしまった。 こうした「政治」が長年にわたって続けられてきた結果、日本の政界には、本当の意味での政治家がいなくなってしまった。著者によれば、官僚が「富の再配分」の権限と実務とを握っており、政治の実務は優秀な官僚に任せておいたほうが安心だという風潮が生まれ、かくして日本の内政は官僚に乗っ取られたのも同然になった。

著者は、「官僚主導から政治主導へ」をスローガンにしているが、その言葉の一部をあげる。

「そもそも、民主主義国家である日本の政治を政治家ではなく、官僚が取り仕切ってきたこと自体が異常な事態なのだ。かりに官僚の質やモラルが向上したとしても、官僚が政治に手を染めること自体、民主主義に反することだ。」

「そもそも、ここまで官僚の力が大きくなった最大の原因は、江戸時代から続く日本人の『お上』意識にある。
・・・こうした『お上』意識を払拭し、『政治は国民が作り出すもの』という考えが定着しないかぎり、官僚支配の危険性はなくならないのではないだろうか。僕はそう考えるのだ。」

著者の考えでは、これからのリーダーに求められている能力は、従来のような官僚組織での調整能力ではなく、ほんとうの改革ができる実行力である。

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